今回は 神秘学の教え【物語】をご紹介します。


ヌール・アディーンはダマスカスのスルタンであり、この世のいかなる人よりも豊かでした。

アディーンは バビロンの空中庭園と並ぶほどの美しい庭園宮殿を所有していたと言われています。

このスルタンは 幸せだったに違いないと 誰もが考えるでしょう。

並外れた能力健康に恵まれを有し、美しい妻も4人いました。

しかし 彼はさらに絶世の美女ジャミラに思いを寄せていました。

ジャミラはバグダッドのスルタンの第二夫人でしたが、アディーンは彼女をも いつか自分の妻にしようと企んでいて、人生に満足することがありません。

常に、これから手に入れなければならないものについて 頭を悩ませていました。

また帝国での様々な問題について 心が休まる暇などありません。

まだ征服していない地手にしていない富のことを、どうしても考えてしまうのです。

誰よりも多くのものを手に入れているのに、心の中は渇望に取り付かれ「所有すること」への渇きを なぜ満たすことができないのか。

自分には大切な何かが欠けているように感じ、不幸と不満足という苦しみにさいなまれ、年月を重ねていたのです。

ある日、いつもよりずっと早く目を覚ましたアディーンは、ふらりと庭園に足を向けました。

壮麗な庭園は素晴らしく、鳥がさえずり、朝露でしっとりと濡れた庭には太陽が昇ってきます。

庭園を流れる小川は 清々しくせせらぎ、花が咲き乱れ、木々は果実をつけています。

けれどアディーンの心は重く沈んでいて、素晴らしい景色は何一つ 目に入りません。

そうしていると、これまで見たこともない場所にたどり着きました。

突然、世界の美しさを称える男の歌声がかすかに聞こえてきます。

「庭にいるのは誰だ?そして なぜ こんなに幸せそうなのか?」

アディーンは 歌声の方に近づいて 覗くと ボロ布を着た下僕が 地を掘り返して、新しい花を植えていました。

君主がいることには気づかず、世界の誰よりも幸せそうに見える この下僕にとっては 人生は気楽なものなのでしょう。

彼からは 喜びと幸せの想いが溢れ出ているようです。

偉大なスルタンである私の心には悩みしかないのに、この召使いが幸せでいられるなんて、どうしてあり得るだろう?」

スルタンは その下僕に近づいて、こう問いかけました。

「お前は なぜ 幸せなのか?なぜ 幸せそうに 歌など歌っていられるのか?」

領主・スルタン が急に現れたことに驚きながら 下僕は 答えました。

「偉大なる領主様。私は庭師のハキムと申します。

あなたのお情けによって 最も美しい庭園で働けることを光栄に思います。

見事なこの庭園にある美しい草木の手入れができる上、かぐわしい香り豊かな実りを知っています。

ですから 私に与えられた幸せを感謝して 歌を歌っています。

この場で働きながら、日々の糧が得られ、家族を養うのに十分な収入を得ています。

私たちにとっては 屋根とお腹を満たすの温かい食べ物さえあれば 充分です。

だから私は歌っているのでございます。」

スルタンはこの言葉を聞くと、自分の不幸がより一層、感じられ 忌々しく思います。

領主の不機嫌な様子に怖れを感じたハキムは、後ずさりをして 急いで自分の仕事に戻っていきました。

するとスルタンは 今度は 傍に衛兵がいるのに気づきました。

衛兵に、今の会話を見聞きされたと思ったスルタンは、その衛兵に 何を見たか、なぜそこにいたのかと問いただすと 衛兵は とても落ち着いた様子で 答えます。

「ダマスカスの偉大なるスルタン様。

私がここにいますのは あなたの命をお守りするためです。

あなたは お供もつけずに この庭園にお入りになって、見知らぬ者に声をかけていましたから。」

その答えを聞くと、スルタンは安堵して、ため息を漏らすと 小声で 独り言を呟きました。

「ああ、なぜ私はあの男のように満足を見つけることができないのだ。

ありとあらゆるものを持っているのに 幸せという点では あの下僕が はるかに勝っているではないか!

これは一体どうしたことか…。」

その嘆きを聞いてしまった衛兵は、 落ち着いた声ではっきりと答えました。

「陛下。あの下僕は 生活の中に 幸せと満足と味わっていますが、 99という苦い果実の味をまだ知らないのです。」

スルタンはその言葉を遮って、言いました。

「どういうことだ?」

衛兵は穏やかな口調で答えます。

「陛下が味わっておられる99という苦々しさを、あの召使いに心底 わからせるためには 99枚の金貨を袋に入れて、玄関先にこっそり置いておくのです。

そうすれば 彼はすぐに陛下の苦しみがわかるでしょう。

そして あなたもまた 多くの大きな教訓を得られるでしょう。」

この横柄な態度に、スルタンは顔を真っ赤にして、短剣を抜いて 彼を刺そうとしましたが、次の瞬間 どうしたわけか 衛兵は影のように消えていました。

音もなく 衛兵は いなくなったのです。

スルタンは、衛兵が 魔法使いか精霊だったように思われ、恐ろしくなって、急いで宮殿の自室へと戻ると、急にまた眠気を感じ、ベッドに潜り込み、眠りの世界に入り込んでいきました。

数時間後、いつも通りの時間に 再び目を覚ましたアディーンは、早朝に出会った不思議な衛兵の言葉が気になって仕方ありません。

そこで衛兵のアドバイスを試すことにし、99枚の金貨が入った袋を その夜に 庭師ハキムの家の玄関先に置いておくよう、従者に命じました。

その夜おそく、ハキムは夜空を見ようと粗末な家の外に出ると、袋が目に留まりました。

家に入って 袋を開けてみると99枚の金貨がバラバラと出てきます。

大きな喜びの声が家族から上がります。

家族と共に 金貨の枚数を数えると99枚しかありません。

何度 数えても100ではなく99です。

数えるたびに失望が増していきます。

(きっと何かの間違いだ。最後の1枚はどこかに行ったに違いない。99枚だけなんて!きっと100枚あったに決まっている。)

ハキムは 自分が落としたのかもしれない!と思い、再び、玄関の外に出て”落としたはずの金貨”を探しましたが、見つけられません。

そこで今度は(100枚目の金貨は、誰かに盗まれたのではないか)と考えます。

世の中は盗人ばかりだ!

そう思うと、彼は疲れ切ってしまい、強く決意しました。

100枚の金貨を揃えるまで、俺は休むことができないぞ!

最後の1枚を手に入れるため、今まで以上に 激しく働くしかない!と心に決めたのでした。

翌朝 いつもより早くに 目を覚ましたハキムは、しなければならない仕事重荷に感じられ、ちょっとしたことで家族を怒鳴りつけると、夜が明けきらないうちに家を飛び出し、庭園でいつもの仕事に取り掛かりました。

スルタンも、その夜は ほとんど眠れずにいたので、夜が明けないうちに再び庭に入りました。

朝露に濡れた木々、鳥たちのさえずりに囲まれながら 庭師ハキムに会った場所まで行きました。

ハキムは 今朝も そこにいました。

ところが 彼は、神を称えて歌うどころか、労働の重荷を呪っています。

ハキムは自分の金環を盗んだ泥棒と、世の中を激しく恨みながら 毒づいています。

手に入れ損なった、たった1枚の金貨を思って。

スルタンは 沈んだ心と共に踵を返すと、静かに宮殿に向かって戻ります。

(幸せだった下僕が、もう働かなくても一生 暮らしていけるだけの大金を手にしたのに、これほど不機嫌で不幸になるとは 一体なぜだ? )

スルタンには その変わりようが信じられません。

突然、彼はすぐ近くに人の気配を感じます。

ぎょっとしてみると あの衛兵が またすぐ隣にいます。

そして、こう言いました。

「スルタンよ!十分な富を持ちながら 最後の1枚の金貨を巻き上げられたと思い込む者に 何が起こるかを お前は見たな。

以前の幸せを 忘れ去り、最後の1枚さえあれば 幸せになれるとハキムは信じたのだ。

彼は99の果実の苦さを味わった。

謙虚に感謝すべきことが どれほどあるかを理解すれば、わずかなものでも幸せに包まれて生きられよう。

お前が不幸だった理由は、さらに多くのものを常に求め、既に持っているものに決して感謝しなかったことだ。

今日からは お前が持っているものが どれほど多く、反対にお前の王国に暮らす 他の人々が持っている物が どれほど少ないかを考えよ!

お前の ありあまる富を 最も必要としている人びとに惜しみなく与えよ。」

これを聞いた途端、スルタンは崩れ落ちるように 両膝を地面につき 静かにすすり泣きました。

それは 己の強欲さに対する後悔と、心の渇きを癒してくれる答えが やっと見つかった喜びからでした。

どうすれば 幸せを手に入れられるかをついに悟ったのです。

彼は 過去の償いをするチャンスがまだ残されていることを感謝しつつ、神を讃えました。

しばらくすると衛兵はスルタンの頭の上に しっかりと手を置いて 大きな声で 唱えます。

「スルタン・アディーン!

心の平和とともに 自身の道を歩むが良い。

常に正しき道を歩め。」

スルタンは立ち上がり、彼を見つめる衛兵の瞳の底に静けさを見てとると 短く礼をして、その場を立ち去りました。

ヌール・アディーンは この出会いを境に、それまでは想像できなかったほどの幸せと安らぎを手に入れました。

さて あの衛兵の姿を見たものは その後、誰もいません。

伝説では、この衛兵こそ、人の心の偉大な守護者であり 最も聡明な人とされる コルドバの賢者・ムスタファに他なりません。

璃子クレア Riko Claire

アウェアネス・インスティテュート

Awareness Institute


ヒプノサイキック

レッスン / セッション


米国催眠士協会・米国催眠療法士協会

認定トレーナー